超漢列伝 金剛寺護

超漢列伝 金剛寺護

男の中の男、すなわち漢。

金剛寺 護という男がいた。

 幼少期より古本屋を営む家庭で育った彼は、大正の文学に影響を受けて、硬派な男に憧れるようになっていった。彼の求めるものは大正の硬派な男の生き様なのだ。その影響なのだろうか、彼が16歳になる頃には大柄で恵まれた身体と頑固で硬派な考えを持つ青年に成長したのだった。

 身体も思想も硬派に育った彼は、大きな怪我をすることもない健康体であり、健康診断の際には骨がダイアモンド並みの硬度であると医者を驚かせることもあるほどであった。

 彼の考える硬派とは、
「男たるもの硬派であれ」
「男の拳は女子供を護るためのもの」
「軟派男は制裁してやらねばならない」
であり、金剛寺は、己の信念を貫き続けていた。

 学校生活では、学ランに学生帽、立っているときには常に仁王立ち、いつでも腕組みという風貌だった。大柄な体も相まって独特な威圧感を放っていた。とはいえ、普段は、堂々としている寡黙な男なのだが、己の硬派を貫くためには、自分にも厳しく、他人にも厳しかった。特に軟派者を前にしては黙ってはいれない性分であったのから、彼の「男たるもの」という怒号が学校中に響くのだった。

 例えば、学内でスケベな話題で盛り上がる男衆、異性との恋愛に興じる軟派男には厳しく、軟派男には怒声を浴びせて制裁を加えていた。軟派男はというと、金剛寺の硬派という主張がシンプルであり、一定の共感を覚えることと、分かり合うことはないにしても、彼の主張が原因でトラブルになることは少なかった。もはや、「軟派なことばかりにかまけって、男たるもの云々・・・」と、金剛寺は軟派男に説教するのがクラスの恒例になっていて、彼の信念は単純明快で誰よりも熱い主張は不思議とクラスに馴染んでいたのだ。

 「男たるもの」という言動は現代で時代錯誤であったから単に面白がられていた面もあるが、金剛寺の時折見せる熱くて芯の通った主張は、軟派者の内に秘めた男性像を揺れ動かすこともあった。クラスメイトの中には金剛寺の硬派を貫く姿勢に対して尊敬の念を抱く者までいた。

 金剛時は、硬派であるため、積極的に女子に話しかけることはなかったが、声の大きさのあまりに、主張がダダ漏れで、いくらかの女子から信頼され相談も受けるようになっていったのだった。とはいえ、金剛時は相談を受けても、女の話を黙って聞くだけだった。最後に、そうか、と言って頷くだけ。しかし、クラスの男に浮気されたという女子に相談を受けた時の反応は違った。

 金剛寺は、大胆にも授業中にクラスメイトの前で浮気男を名指しにしてから告げた「事情は聴いた。女を泣かせるような男がいると聞いて黙っておれんのでな、放課後、河原に来い。男たるもの、譲れないものがあるだろうからな」そう言うと、クラスは騒然とし、決闘が見れるとお祭り騒ぎとなっていた。

 放課後、河原には、クラスメイトが全員集まっていた。そして浮気されたという女も来ていた。河原では、金剛寺と浮気男、しばらく無言で両者は睨み合いが続いたが、男は不思議そうに「これはなんななんだよ、そもそも女を泣かせた覚えはない、お前には関係ないことだろ」と言い放った。それに対して金剛時は堂々とした口調で「確かに、なにがあったかは、わからん。ただ、浮気で女を泣かせるような男はワシは許せんのでな」

 男は困惑し「いやいや、浮気なんてしていないから。俺はアイドルのライブに行っただけなんだ。それなのに浮気だと言われたんだよ、おかしいだろ、なんで俺が悪く言われなくちゃならないんだよ」すると金剛時は、怒りを顕にして言う「黙れ軟派男、さっきから言い訳ばかりしおって、言い訳するような男はみんな軟派者なんじゃ。女を泣かせる軟派者め」

 それを聞いた男は苛立ち始めて「さっきから、ふざけんなよ、お前はいつも硬派とか言っているだけじゃねぇか、うぜぇんだよ」と言い返す。それと同時、男は拳を振り上げて、金剛寺の顔面に殴りかかった。

 しかし、金剛寺は仁王立ちで腕組みをしたままだった。男の一撃が顔面を揺さぶるが、金剛寺は殴られても動じることはなかった。ただ一言「軟派者の拳など、痛くも痒くもないわ」すると、クラスメイトが、「やれ、殴り返せ」と騒ぎ出すが、金剛寺は、「男の拳は女子供を護るためのもの、軟派男に振るう拳はないのでな」と、言ってから挑発するかのように仁王立ちを続けた。

 男はさらに逆上した。メチャクチャに金剛寺を殴り続ける。金剛時は何発も拳を受け止め続けた。その一方的な殴り合いの中で血が飛び散りはじめると、殴り続けていた男の様子が急変して、手が止まった。男は距離を取ると、拳の皮が破れてしまって血まみれになっていた。指も不自然に曲がっており、大量の血が流れ出ている。

 それに対して、金剛寺は多少出血しているものの、ほぼ無傷であった。金剛寺という名が示すとおり、彼の硬派な信念を持ち、身体はダイアモンド級の頑丈さを持っている。つまり、硬派を前に軟派な男の拳は砕かれてしまっていたのだった。

 拳を砕かれた男は座り込んでしまい戦意は喪失したようだ。疲れ切った口調で「いや、だからアイドルが、いや、もういいわ、言い訳はしない。俺が悪かったよ」と言うと、心配そうな女子が駆け寄ってきて叫んだ「ごめんなさい、私がアイドルに嫉妬しただけなの、ごめんなさい、とっても痛そう、もういいから、早く保健室に行きましょう」

 仁王立ちのままの金剛寺は一言だけ「軟派者もだいぶマシになったようだな」と告げた。男も笑いながら「そうかもな」と言い残し、女とともに河原を去るのだった。決闘を見届けたクラスメイトも納得した様子で散っていく中で、金剛寺も赤く腫れた頬に熱を感じながらも考えていた。

 軟派者の多い現代、男たるもの硬派であらねばならない。そう思うのであった。