椅子の上でじっとしていた。
歯科衛生士から口をプラスティックのヘラを使って両手で無理やり押し広げるように指示される。
私は唇にワセリンを塗り忘れたこと、唇はひどく乾燥して荒れていることに気づいて恥ずかしい気持ちになる。
「大丈夫ですか?」と質問されても、ヘラで口の端を引っ張ったまま「あい」と言いながら頷く他なかった。大丈夫だとは言えない状態。でも、「唇が裂けそうなほど痛いです」と本心を打ち明けてしまうことを諦めていた。
Nikonのロゴが入った黒い金属の塊の先のLEDがスタジオライトのように指向性を持って光る。
カメラからパシャ、パシャと音が鳴った。
麻酔を注入する音がした。
ドリルで歯を削る音がした。
「コーラ飲みすぎ」
「コーラで歯が危うい」
「(いまのままでは)いずれ破綻する運命」
帰り際、歯科衛生士から、虫歯とタバコのヤニで変色している歯が並んでいる私の口内の高精細でグロい写真をプレゼントしてもらう。
とてもショッキングな写真だった。でも、履歴書の写真なんかより「自分」が伝わる写真だと思えた。
会計の際、手書きの所見も手渡される。
- 夜の歯磨きは最初はなにもつけずに
- その後、歯磨きをつけてもう一度磨きましょう
- 歯ブラシは毛先の角を浮かせないように確実に歯に当てましょう
- コーラを一日1本までにしましょう
- オレンジジュースを飲むのをやめましょう
- プラークの質を変えていきましょう*1
熱い所見で胸が苦しくなる。
帰宅してから早速コーラを飲む。歯科衛生士の呪言やデンタルケアを連想してしまった。
コーラはいつ飲んでも美味かった。それから心の底からコーラを楽しめているかどうかを自問自答した。
後日、自分の口内のグロい写真を壁に飾っておくと以前のようにコーラを楽しめるようになった。
*1:砂糖の摂取量を減らす、1日2回歯磨きする、歯間ブラシやフロスも使う、日中はこまめな水分補給をする習慣を継続しましょうと指導を受けた